化学反応のごとく(5月上旬)
【変化】
仏教における宗教活動を「教化」といいます。
衆生を教え導くこと。
悪人や仏法を疑いそしるものなど、
あらゆる人を真実の教えに導き入れること。
(『浄土真宗辞典』「教化」より)
『大経』には阿弥陀仏の活動として、
無数の衆生を教化して安立して、無上正真の道に住せしむ(註釈版27)
(【現代語訳】数限りない人々を教え導き、この上ないさとりの世界に安住させた。)
と示されてあります。
あらゆるいのちの者を教え導く仏。
それによって他力の信心をいただいた結果、
ゆれうごく心がさだまり、仏のさとりの道を歩む者となります。
それが仏教の利益です。
親鸞聖人は「『化』はよろづのものを利益すと也」(尊号真像銘文)と説かれました。
教えを聞くことによって、
仏道を歩む身に変化する私たちです。
お念仏をする身に変わったり、
お寺参りの身に変わったり、
お仏壇を大切にする者に変わったり、
人によってその報恩感謝の度合いはさまざまでしょう。
しかし何よりもまず信心をいただいたという事。
見た目には変わりませんが大きな変化です。
「化」学反応がそうです。
水素と酸素という気体が反応して水ができます。
気体から液体に。
大きな変化です。
【ラーメン】
映画『南極料理人』は、
堺雅人さん演じる西村淳(海上保安庁から派遣の調理担当)による、
1年以上にわたる南極大陸「ドームふじ基地」の体験記です。
陸の孤島といわれる極寒の地。
メンバー8人は徐々にストレスがたまります。
そんな状況を料理ですこしでも和らげようとする西村さん。
火力のない中でステーキを作ったり、
伊勢エビで海老フライを作ったり、
ミッドウインター祭にフランス料理を作ったり。
けれどもストレスはたまります。
無断でラーメンを食べる人が続出し、
映画の中盤、ついにラーメンが底をつきます。
「ラーメンは打てないの?」
「小麦粉と卵はあるんでしょう?」
「かん水がないんです。」
深夜、気象庁から派遣の気象学者”タイチョー”は涙ながらに西村さんに訴えます。
「西村くん、僕の体はラーメンでできているんだ。」
「ラーメンが食えなくなると何を楽しみに生きていけばいいのだろう。」
それから様々な出来事があって、映画の後半、
雪氷学者の”本さん”が何気なく西村さんに言いました。
「西村君、実はかん水についてちょっと調べてみたんだけど。
平たくいえば、炭酸ガスを含んだ水なんだって。」
「はあ。」
「西村君さあ、ベーキングパウダーって何だ?」
「……ふくらし粉。」
「(それには炭酸水素ナトリウムが入っててるから、)
それに水混ぜてみ。炭酸ガス出るから。
それに塩なんか入れると限りなくかん水に近いものになると思うんだよね。
まあ、あくまで元素記号での話だけどね。」
2NaHCO3 →Na2CO3 + CO2・ H2O
(炭酸水素ナトリウム→炭酸ナトリウム+二酸化炭素+水)
試してみると何とラーメンができました。
一口食べて感動する”タイチョー”。
「西村君。ラーメンだ!!」
一心不乱にすすり出します。
そこへ”平さん”と”兄やん”が飛び込んできて、
「オーロラがでた!
あんなすごいオーロラみたことない!」
すごいよ!
タイチョー!
……ねえタイチョー?
(気象学者なんだから)観測しなきゃいけないんじゃないの?」
「オーロラ?
そんなもん知るか!」
【信心の身】
衆生を教化する仏のはたらきです。
その仏の熱によって化学反応のごとく、
大きな変化が起きる私たちです。
信心よろこぶそのひとを
如来とひとしとときたまふ
大信心は仏性なり
仏性すなはち如来なり
(浄土和讃、現世利益讃)
凡夫の身にして「如来とひとし」と語れるほどの変化です。
食べれるはずのなかった極寒の南極でラーメンにであった者のごとく、
いただけるはずのなかった堪忍土の娑婆で信心をいただきました。
無上妙果の成じがたきにはあらず、
真実の浄信まことに得ること難し。(『浄土文類聚鈔』、註釈版480)
あり得ない事態をいただいているのが、
お念仏をいただく人生です。
(おわり)